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古典の日(蹴鞠)

こんばんは、竹河です。

今日は、11/1(古典の日)ですね。
由来については過去記事にありますので
宜しかったらご覧になってください。
http://webfrontier.blog136.fc2.com/blog-entry-5.html

さて「古典の日」に因んで
先日行ってきた「蹴鞠」の講演会について
ちょっと書いてみますね。

蹴鞠3
10/17、千葉県の経済流通大学にて
「源氏物語~蹴鞠と王朝装束~」と云うテーマで講演会が行われました。
最初に蹴鞠について
天理大学附属天理参考館の幡鎌真理氏が
行って下さいました。

蹴鞠は中国から日本に伝わった競技で
初めて記録に顕れたのは
有名な中大兄皇子と中臣鎌足の逸話だそうです。

平安時代には貴族の間に広まりますが
“懸(かかり)”と呼ばれる鞠庭(まりにわ):周囲に松・桜・柳・楓が植えてある場所)で
行うのが正式な作法。後に切り竹を四方に指した
簡略的な場所で行う事が一般的になりました。

長く・多く蹴り上げる事が目的で
平安後期には非常に上手な人(名足と呼びます)が
幾人か登場します。最も有名なのが白河院近臣・藤原成通で
藤原定家の息子・為家も名足の一人でした。

室町中期頃に
鞠は右足のみ(親指の付け根)で蹴ること
行う際は烏帽子・鞠水干・鞠袴・鴨沓を着用することなどの
蹴鞠に関する決まりが纏められたようです。
因みに“けまり”ではなく“しゅうきく”と称するのだとか。

鞠は鹿皮を2枚、中央を馬皮で括って作られています。
蹴鞠1
蹴鞠保存会・山本理事による
鞠の説明。

江戸時代には広く、庶民層にも広がった蹴鞠ですが
明治以後、急速に衰退します。
その為、蹴鞠保存会が作られ
蹴鞠についての知識の普及に努めているそうです。

蹴鞠2
蹴鞠保存会、上田理事長と山本理事による実演。
本来、8人で行うのを2人で行っているので
非常に大変だったようです。

生で見る機会はなかなかないので
とても為になる講演会でした。
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耕して天にいたる

こんにちは、竹河です。
シルバーウイークまっただ中ですが
皆様はいかがお過ごしでしょうか?
(「お仕事です」という方は…お疲れ様です(..;))

私は先週
遅めの夏休みで帰省しておりました。

千枚田1

実家近くの観光地・白米(しらよね)の千枚田

奥能登の海岸地では
山が海に迫っており
耕地に使える土地が大変少なかったのです。

少しでも米の収量を上げようと
先人達は少ない土地を切り開き
上へ上へ…と耕していった結果
このような見事な棚田ができあがりました。

古くより「田植えしたのが九百九十九枚あとの一枚蓑の下」とも謡われているほど
小さな田圃が千枚田の特徴です。
(竹河が確認した中では
11株の田圃がありました(^_^;)。
輪島市のHPによると1枚の田圃の大きさは
平均20㎡だそうで…非常に狭いですね。

千枚田2
(帰省した際は雨が降っていたので
これは2011年に撮った写真です)。

観光地としては有名ですが
現在、この千枚田を耕している農家は1件のみ。
オーナー制度を募っていますが
休耕田が多いようで…少し残念です。

白米の千枚田http://senmaida.wajima-kankou.jp/about/

永青文庫

こんにちは、竹河です。

先日のブログで取り上げた台風ですが
九州に上陸、各地で甚大な被害をもたらしました。
被害に遭われた方々には
慎んでお見舞い申し上げます。

熊本城内の県指定・重要文化財
「旧細川刑部邸」の塀も
暴風により倒壊してしまったそうで
とても残念です。

熊本藩を治めていた細川氏は
元々、室町幕府の要職に就いていましたが
戦国大名として時勢を見誤ることなく
信長・秀吉・家康に仕え
ついには肥後熊本藩54万石の大名となりました。

一方で武力だけでなく
風雅に優れた人物も多数輩出しています。

三条西実枝から古今伝授を受けた細川藤孝(幽斎)や
千利休の高弟・忠興(ガラシャの夫)が
良く知られていますね。

そんな細川家の至宝を集めた施設が
東京・目白にある永青文庫

永青文庫1
永青文庫2
数年前に訪れた際の写真。
飾られているのは“肥後椿”

その永青文庫では
9/19からなんと!春画展が催されるそう。
(楽しみなような…不安なような
とても混みそうですが(^_^;)

永青文庫…http://www.eiseibunko.com/index.html



槿花一日の栄

こんばんは、竹河です。
毎日暑い日が続いていますね。

今日は暦の上では立秋。
その為か、関東ではちょっと涼しかった気がします。
(コミケもこのくらいだと助かるのですが(^_^;)

先日この花を見て、このことわざを思い出しました。
【槿花一日の栄】(きんかいちじつのえい)
ムクゲ
槿花とは中国でのムクゲの名前。
白居易の詩(放言)に
“松樹千年終是朽,槿花一日自為栄”という句があります。
松は千年後に朽ち、ムクゲは一日のウチに栄える
即ち、この世の栄華はムクゲの花のように儚いことの
喩えとされていて
【槿花一朝の夢】とも称されます。

儚げにみえるムクゲですが
韓国では(無窮花(ムクンファ:永遠の花)に通じるとされ
国花にも選ばれています。

日本には平安時代に渡来。
江戸初期の茶人・千宗旦が非常に好んだ花と云われています。




ノーベル賞発表の季節ですね

こんにちは、竹河です。
…前回の更新から一ヶ月以上も空いてしまいましたね
すみません…

閑話休題。

今年もノーベル賞の発表の時期になりました。
今年は、医学・生理学賞に日本人の山中伸弥教授が受賞し
連日〝ノーベル賞〟ニュースで持ちきりですね。

ノーベル賞とは、ダイナマイト発明で知られる
スウェーデンの科学者、アルフレッド・ノーベルの遺言により
1901年から設立された、世界的に権威のある賞のこと。

ダイナマイトの発明により、莫大な利益を得たノーベルですが
その発明品が戦争に用いられ、多くの人々の命を奪っていることに
心を痛めていました。

晩年、ノーベルは自身の遺産で〝人類のために多大な貢献をした人物〟に、
分配することを目的とした基金を設立しました。

現在では、物理学、化学、医学生理学、文学、平和、経済学の6分野があり
特に科学分野の権威が高く
一つの賞に、複数人の受賞も可能、
また故人には贈られない…という規則もあります。

〝ノーベル賞〟と云うと
私が思い出す人物は〝キュリー夫人(マリー・キュリー)〟

ポーランド生まれの女性科学者で
本名をマリア・スクウォドフスカと云い
生涯に2度、ノーベル賞を受賞した人物です。
彼女の祖国・ポーランドは
当時ロシアに併合され、学校ではポーランド語の使用も制限されていました。

彼女は苦心して、パリのソルボンヌ大学に進み、
そこで夫となるピエール。キュリーと出会い、
夫婦で研究を重ねていきました。

放射性元素・ラジウムとポロニウムの発見・精製により
物理学賞と化学賞(これは夫の没後)受賞。
〝ポロニウム〟は彼女の祖国・ポーランドに因んで
名付けられた元素です。

キュリー夫人

上野・国立博物館で開催されていた
「元素のふしぎ展」より。

キュリー夫人2

同じく、「元素のふしぎ展」で
展示されていた
キュリー夫人の実験ノート。



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 歴史サークル合同企画改め歴史部 In COMITIA100
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