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歴史部サークル様へ。2010年最後のご挨拶。

こんばんは。幽翠街道です。
2010年もあと数時間を切りました。

まず最初に、冬コミにおいて、歴史部YEARSの配布をして下さいましたサークル様、ご協力ありがとうございました。

本日は冬コミの最終日でその日の入場者は20万人、3日間で計52万人が来場したと発表(毎日新聞デジタルより)がありました。

初日の歴史ジャンルや最終日の評論ジャンルに参加されました歴史部のサークルの皆様、本当にお疲れ様でした。
私は初日のサークル参加でした。ジャンル配置が決定した時、当日どうなるか、どなたも予測がつかないコミケになりそうで、色んな意味でドキドキワクワクでした。

でも実際蓋を開けてみると、今人気沸騰の歴史系・乙女系ゲームジャンルと某国際擬人化ジャンルに挟まれた恰好でしたので、歴史ジャンルは結果的に活発な客動線上に居ることになりました。
おかげで私のサークルの本は予想外の頒布数になり、他の歴史サークル様も大変良い結果になったということでした。
けっこう前日までネガティブに考えていたのですが、今まで一つの会場を共にしたことがないジャンルと一緒になることで、新規のお客様が来て下さるという新たな発見をしました。
そして、共にしたことがないジャンルをゆっくり回って、るんるん楽しんでいる自分を再認識。

会社勤めの関係などで、評論に申し込まざるを得なかったサークル様にとって、今年の冬コミはいかがでしたでしょうか?


それから、
今年の歴史部にとって色々と問題が浮き彫りになった年になり、皆様に大変なご心配とご迷惑をおかけしました。
様々な懸案が飛び出しましたが、それに一つ一つ対応することに加え、歴史部のサークル様のご協力を頂くことで、一時は解散の危機に陥りかけたこともありました歴史部を、来年に向けて運営していくことが出来るようになりました。
新たな運営体制になり、これから変更や見直しなどもあるかもしれませんが、これからは皆様のご協力がなお一層不可欠なものになっていくと思われます。

今年は、というか今年も、歴史部にとって私個人にとって、たくさんの方々に助けられた年でした。ありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願いします。

そして皆様にとって、来年も良い年でありますように。
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江戸三大奇書③藐姑射秘事(はこやのひめごと)全2巻

こんにちは。幽翠街道です。

先週は、冬至・天皇誕生日・クリスマスと年中行事がこの1週間の間にびっしりでした。
更に今週は冬コミ・大晦日・正月と大型イベントも目白押しです。様々な場所で、忙しくも楽しみな日々を過ごしていらっしゃるかと思います。
かくゆう私も先週は、仕事のクリスマス商戦だけで心身共に大わらわでした。
そのため更新が遅くなってしまいすみませんでした。

さて、幽翠街道が書きます今回の記事は、江戸三大奇書の2作目「藐姑射秘事(はこやのひめごと)全2巻」です。

●著者・黒沢翁満(くろさわおきなまろ)について●
藐姑射秘事(はこやのひめごと)の著者は黒沢翁満(くろさわおきなまろ)。寛政七年(1795)桑名城内の内堀の藩邸にて生まれ、青少年時代に国学を学びます。少し変わっているのは、伊勢国の桑名は本居宣長の学風が盛んであったのにもかかわらず、翁満は宣長には学ばず、賀茂真淵の学風に感化され、独学で国学を研鑽しました。
文政六年(1823)徳川幕府による三方領知替えにより、翁満の主君・松平下総守忠堯(ただたか)が武蔵国の忍(おし)藩(埼玉県行田市)へ国替えされた際、29歳の翁満も忍へ移住しました。
後に、翁満は大阪の蔵屋敷の役人になり、忍と大阪の間を毎年半期ごとに往復していました。
晩年には大阪留守居役にまで抜擢され、安政六年(1859)4月29日65歳で大阪堂島の藩邸で没しました。
翁満の著作に「万葉集大全」「神楽催馬楽抄」「古今集大全」「随意稿」などがあり、松平下総守の家臣だけあって、国防の必要から房総の地を踏査して「異人恐怖伝」「海防嗟嘆」などを著しました。

●テキストについて●
藐姑射秘事(はこやのひめごと)は初編・後編それぞれ10章ずつ物語があります。
著者は初編だけで完結させていたつもりでいたので、当初は初編という文字はなかったそうです。
後編の序文や天保10年に書かれた「随意稿」によると、江戸などにいた学者文人により写本・回覧され、続編の執筆を要望された結果、さらに10章書き加えて全2巻の戯著が成立しました。本書は江戸三大奇書で唯一つ版本されたものですが、市販はされず、知人たちにのみ配本されたそうです。
著者・黒沢翁満(くろさわおきなまろ)が23歳頃(推定)に初編、20年後の43歳に後編を書き上げ、65歳で亡くなる安政六年(1859)秋に本書が大阪で上梓されました。後編完成後20数年経ってから上梓された理由は、その約20年もの間、同門の者が秘かに写本を繰り返すうちに、次第に誤字なども増えたため、著者本人が正しい姿で残しておきたかった思いがあったからだそうです。
ところが、残念ながら本書の上梓を見ずに著者自身が没し、上梓された本書は作者没後に知人へ配られました。

●藐姑射秘事(はこやのひめごと)について●
壮年期の黒沢翁満(くろさわおきなまろ)は国学の大家として世間に知れ渡っていたようです。
それだけ国文学に精通しているので、本書では古歌古文からの本歌取りや文句取り、古典からの換骨奪胎がふんだんに盛り込まれています。それはこの私ですら、戯著の範囲を超えた印象を受けます。
これが藐姑射秘事(はこやのひめごと)の特徴で、大国学者の高い学識に基づいた、この諧謔(かいぎゃく)精神溢れる戯著……平たく言うと、ユーモア精神に溢れるパロディ作品……として評価され、これも江戸三大奇書に選ばれた理由の一つになったと思われます。
藐姑射秘事(はこやのひめごと)の“藐姑射”は仙人の住む山の名前で、夢に現れた神女の乙女が一冊の本を与えて「秘めよ秘めよ」と告げたことから、このようなタイトルになったと初編序文に記されています。
そして、その神女が伝えた本の内容を雅な国文に変換して、それを世に伝えようという趣旨になっています。
本書を読むと、古典文学だけでなく、催馬楽(さいばら)などの古代歌謡、今は現存していないと思われる地方の民謡なども取り込んで、男女のエロ場面もしっかり随所に表現し、中には下ネタを中心にしている作品も書かれています。
著者は、伊勢物語・源氏物語を評価に値しない婬本と非難する者が、逆に唐土の本であれば珍重する風潮を歎き、江戸時代の閉塞的な世界に対して、批判的な姿勢もちらつかせています。
彼は上代文学に傾倒することで、そこに描かれた愚直で率直な人間性を肯定した世界に共感したことも、執筆の大きな要因になりました。
そういう著者・黒沢翁満の理想とする世界がシンボライズされていると思われる作品を、本書の中からご紹介します。

「筑波山の嬥歌(かがい)」

 「筑波山 領(うしわ)く神の昔より かがふ嬥歌(かがい)」と詠まれたように、世の中が華やかに変わっていく中でも、実直に万葉の風習を伝えて、古代の儀式として大切に伝え守っているのは神意である…としているのは興味深い。
 筑波の女体・男体の二柱の御神のゆるぎない御仲は申すまでもない。少しでも異性に出会いたいものと、恋しい想いを募らせた若人たちが、嬥歌の一夜に集まり想いを遂げるのであろう。「わが妻に人もたはけよ 人妻に我もたはけん」という歌があるように、顔も名も知らず、行きずりの人と交わっても、神様もお咎めされないおおらかな習慣である。
 道のあちこちには、刈り上げた早稲をしぼった新酒や、うばら餅などを売る粗末な屋台、唐菓子の香菓泡(かくのあわ)まがり餅を売る台などが、うるさいくらい立ち並んでいる。その雑踏の中を、古代めかしい髪型にして、顔には白粉を塗りたくり、派手な色彩に染めた着物を不格好に着て、かつぎを被っているのは村長の若嫁だろう。誰もが濁り酒に酔っぱらい、不作法にふざけ廻り、大声をあげて歌い喚いたりする。
 次第に騒ぎがおさまり、人々は別れ散って行く。筑波山のあちらこちらの蔭を求めて、稲殻の間などに身を隠し、それぞれがそれぞれの好きな事をする。老いも若きも、泣いたり笑ったりする声なども聞こえるから、ますます心がときめいて、若人は隅から隅へと漁り歩くのである。

 そうすると、ふと、暗いところから袖を捕らえて、女が
   筑波ねの嶺ろに隠れゐ過ぎがてに
   息づく君をいねてを遣らん
と言いかけると、男は返歌して、
   妹がこといなとは言はじ筑波山
   かくれのかたに袖ハ引きてな
     (2首とも万葉集の本歌取り)
と言いながら、添い寝して、口を舐めると、女は手を伸ばして首に巻き付いてきたようだ。

 暗闇の情交はお互い、それまで経験したことのない悦楽をもたらした。男と女が交わると、女は
「家にいれば年寄りの、ひどく悲しく小さい上に、縮こまって、何とも役に立たないのを、毎晩毎晩くやしい運命にぶつかったものだと、満足できずにいました。貴男のものはとても立派で、身もとろけそうで死にそうな心地がします。」
と、言って腰を動かせば、男も鼻息荒く、妻の悪口を言い並べる。
「いやもう、わしこそみっともない女との宿世に後悔のし通しだ。盛りをだいぶ過ぎた、えらいヤキモチで、ともすると呪うように睨む顔つきの厭らしさ。一生連れ添い遂げようとも思わないが、今夜の逢瀬は神様のお導きだ。またの嬥歌を待ち続けるのは、七夕姫のような気持ちだから、どこか一緒に隠れて、生涯連れ添う気はないか。」
と、言えば、女も、
「それが本当なら」
と、抱きしめて承知するのも愛らしい。

 思う存分むつれ合って、腕を枕にしばらくふざけている内に、有明の月がやっと昇った。樹の間からもれる月光で、顔がはっきりと見えたと思ったら、
「あら嫌だ。とんでもない。うちの人ではありませんか……」
と、がっかりすれば、男はびっくりして、
「お前だったのか」
と呆れ返り、開いた口がふさがらない。
女はそんな様子に相応しい言い繕いして、
   筑波ねに雪ふれたるをいなをかも
   悲しき児(こ)ろと思ほさぬかも
   (嬥歌の夜の出合いですもの。そうでなくとも愛しい妻と思っては下さらないのですか。)
     (万葉集の本歌取り)
と詠んで泣いた。



・・・・以上ですが、これでも、艶っぽい場面はかなりぼやかしました(汗)。もしかしたら、既婚者でしたら、この物語の妙味が解るかもしれませんね。
この作品は、古代史好きな方ならご存じの、筑波山の嬥歌を取材しています。万葉集をはじめ、日本書紀・古今集などの古歌を多く引用して、その博識ぶりを存分に発揮しています。
この作品の他にも、藐姑射秘事は古典の名場面や歴史伝説をテーマにした艶笑作品ばかりなのですが、どれもが男の馬鹿さ加減と女の打算的な言動ぶりを冷徹に分析しているのが、非常に面白いと思います。
本書の成立当時、皇国(みくに)ぶりを唱導する国学者と儒学者との対立が激しく、外国文化である仏教や儒学を排斥する運動も盛んにありました。それを踏まえて本書を読むと、国学者は何を排し何を回帰するのか解る気がしてきます。

さて、次回で江戸三大奇書の3作目となります。
今回も最後まで読んで下さってありがとうございました。





来年の大河に便乗して・・・

更新が遅れて申し訳ありません
こんにちは、竹河せりかです。

今年もあとわずかとなりました。

先日終了した大河ドラマ「龍馬伝」
クライマックスに、ちょっとしたハプニングが起こったようですが
概ね好評だったようです。

さて来年の大河は「江」
舞台は(またしても)戦国時代。

“江”と云う人物は、あまり知られていませんが
戦国一の美女(と言われる)お市の方の娘であり、織田信長の姪であり
豊臣秀吉の側室・茶々(=淀殿)の妹、
徳川二代将軍秀忠の正室、三代家光の母・・・という肩書を持つ女性です。
周囲の知名度はバッチリですね。
戦国三大英傑全て登場は、間違いなしの大河でしょう。

さて、江が生まれたのは、近江(今の滋賀県北部)小谷城
江が生まれて間もなく、父・浅井長政と伯父・織田信長の関係が悪化、
その後の“小谷城の戦い”により、長政は信長に敗れます。
小谷城は落城し、江は母や姉達と共に、信長の庇護を受ける身となります。
(この後の江の運命は、大河で語られるでしょうから割愛します)

浅井氏滅亡後、近江の地は羽柴(豊臣)秀吉の領地となります。
秀吉は、小谷城があった小高い山上から、琵琶湖ほとりに城を移しました。
それが、長浜城です。

長浜城

残念ながら、現在の長浜城はレプリカです

秀吉がこの地で出会ったのが
石田三成。以前は、関ヶ原の戦いを引き起こした
極悪人のように云われていましたが、最近では
有能な武将だった・・・と云う説が有力なようですよ。

秀吉と三成

説明書

長浜駅前には、“秀吉・三成”像と
その出会いのエピソードを示した説明書きがあります。

関ヶ原の戦いで、石田三成が徳川家康に敗れると、
この地は、徳川家家臣の井伊直政に与えられました。
直政は、三成の城のあった佐和山を監視できる、彦根の地に城を築きました。

以後260余年に渡り、彦根は井伊家の城下町となり、栄えたようです。

井伊直政像

彦根駅前にある、“井伊直政”像。
徳川四天王の一人。

彦根城

彦根城。小振りな天守閣ですが、国宝。
国宝の城は、この彦根城を含め4つ(後の三つは、姫路城・犬山城・松本城)

・・・ところで、“彦根”と云えば、忘れてならないのが・・・

ひこにゃん

ゆるきゃら界の王者・ひこにゃん
(もとは彦根城400年祭のマスコットキャラ。・・・すみません、ファンなんです



咆哮! 島津十字

上水流です。

 来年の歴史部の準備をしていたら、ブログが書けなくて申し訳ございません。
もうそろそろ書かないと私以外の担当者から怒られそうなので(もしかして呆れられているかも)、ネタを考えつつ書いております。
 来年からはこう言うことがないように前もっていくつかネタをしっかり準備しようと思います。

 昨日まで来年発売のゲーム事を書いていましたが、今日本屋に行ったところ面白い漫画を発見したのでそれを書くことにします。全く計画性がなくてスミマセン。

 島津と言うとまず頭に名前が浮かぶのが「島津義弘」氏・「島津豊久」氏です。
これは、完全にゲームの某ゲーム影響なのですが(苦笑)。
この漫画の主人公である「島津家久」氏は豊久氏のお父さんと言う認識しかなかったので、
読みで見ることにしました。

 最初に時代背景が描かれているので、戦国時代の九州地方初心者の分かりやすく簡単に入ることができました。
今回は初陣・廻坂の合戦、耳川の戦いまでですが、島津四兄弟が仲が良く2巻以降どういう展開になっていくか楽しみです。
 また、この漫画を読んで戦国時代の九州って面白そうだなぁと興味が出来てきたので、今後色々と調べていきたいです。

 最近、スクエア・エニックスやメディアファクトリーで歴史系の漫画を良く見かけるのですが、これも歴史ブームの一環なんでしょうか・・・。


咆哮! 島津十字1巻
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 歴史サークル合同企画改め歴史部 In COMITIA100
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