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盛者必衰

こんにちは、竹河です。

もうすぐ夏コミですね。
参加される皆さん、特にサークルの方々は
追い込みの時期だと思われます。
天気の移り変わりが激しいので
どうぞお体にはお気を付けてくださいね。

閑話休題。

先の3連休、竹河は
福井県の「一乗谷朝倉氏遺跡」へ行ってきました。その紹介をちょこっと書いていきますね。

朝倉氏は、越前の戦国大名として知られていますが
元は兵庫県養父郡出身の武士だったようです。

初代・孝景は応仁の乱(1467~1477)の際、
西軍として参加していましたが、後に東軍に寝返り
一乗谷に居城を移したのが始まりのようです。

一乗谷遺跡1
その後、4代・孝景(初代と同じ名で紛らわしい…)の時
隆盛を迎えますが、天正元年(1573)5代・義景の時、織田信長との争いに敗れ、
ついに朝倉氏は滅亡、一乗谷の町は灰燼に帰すこととなりました。

その遺構は福井市街の東南、約10キロに位置し、
400年以上もそのまま埋もれており
昭和40年代頃から、史跡公園として発掘・整備が進められてきています。
(写真は朝倉館の入り口・唐門

一乗谷遺跡2
5代義景公の墓所
一乗谷遺跡3
朝倉義景館跡。。
かつては、都から風流人を招いて、豪奢な宴が催されていたのでしょう。

一乗谷遺跡4
諏訪館跡庭園
一乗谷には、室町末期の様式を伝える庭園が多く
当時の文化レベルの高さが伺えます。
諏訪館は、義景の愛妾・小少将の屋敷跡と伝えられています。

一乗谷遺跡5

一乗谷遺跡6
町並立体復原地区
領主の館と道を挟んで位置しています。
発掘調査により、武家屋敷や寺院、商人の町屋の
存在が確認されたそうです。
かなり大きな城下町だったのですね。
(こちらの復原町並では、歴史イベント等が行われるようです)

☆一乗谷朝倉氏遺跡資料館…http://www.pref.fukui.lg.jp/doc/asakura/
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