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来年の大河に便乗して・・・

更新が遅れて申し訳ありません
こんにちは、竹河せりかです。

今年もあとわずかとなりました。

先日終了した大河ドラマ「龍馬伝」
クライマックスに、ちょっとしたハプニングが起こったようですが
概ね好評だったようです。

さて来年の大河は「江」
舞台は(またしても)戦国時代。

“江”と云う人物は、あまり知られていませんが
戦国一の美女(と言われる)お市の方の娘であり、織田信長の姪であり
豊臣秀吉の側室・茶々(=淀殿)の妹、
徳川二代将軍秀忠の正室、三代家光の母・・・という肩書を持つ女性です。
周囲の知名度はバッチリですね。
戦国三大英傑全て登場は、間違いなしの大河でしょう。

さて、江が生まれたのは、近江(今の滋賀県北部)小谷城
江が生まれて間もなく、父・浅井長政と伯父・織田信長の関係が悪化、
その後の“小谷城の戦い”により、長政は信長に敗れます。
小谷城は落城し、江は母や姉達と共に、信長の庇護を受ける身となります。
(この後の江の運命は、大河で語られるでしょうから割愛します)

浅井氏滅亡後、近江の地は羽柴(豊臣)秀吉の領地となります。
秀吉は、小谷城があった小高い山上から、琵琶湖ほとりに城を移しました。
それが、長浜城です。

長浜城

残念ながら、現在の長浜城はレプリカです

秀吉がこの地で出会ったのが
石田三成。以前は、関ヶ原の戦いを引き起こした
極悪人のように云われていましたが、最近では
有能な武将だった・・・と云う説が有力なようですよ。

秀吉と三成

説明書

長浜駅前には、“秀吉・三成”像と
その出会いのエピソードを示した説明書きがあります。

関ヶ原の戦いで、石田三成が徳川家康に敗れると、
この地は、徳川家家臣の井伊直政に与えられました。
直政は、三成の城のあった佐和山を監視できる、彦根の地に城を築きました。

以後260余年に渡り、彦根は井伊家の城下町となり、栄えたようです。

井伊直政像

彦根駅前にある、“井伊直政”像。
徳川四天王の一人。

彦根城

彦根城。小振りな天守閣ですが、国宝。
国宝の城は、この彦根城を含め4つ(後の三つは、姫路城・犬山城・松本城)

・・・ところで、“彦根”と云えば、忘れてならないのが・・・

ひこにゃん

ゆるきゃら界の王者・ひこにゃん
(もとは彦根城400年祭のマスコットキャラ。・・・すみません、ファンなんです



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コメント
日本の中心で古代エジプト
色付きの文字 滋賀県といえば、和菓子の美味しいところですね。「たねや」とか「叶匠壽庵」とか。その他いろいろ、よりどりみどり。城下町には和菓子の美味しい土地が多いといわれますが、なるほど、滋賀県――というか、彦根は城下町だったんですね。
 ところで、滋賀県長浜市「北近江リゾート・北近江の湯」というところに、「エジプト館」というものがあるらしい。内容は、愛知万博で展示された物を、建物ごと移設したものだとのこと。
 古代エジプトの遺物のレプリカをたくさん観たあとで琵琶湖の辺に立ったなら、カイロ博物館から一歩出てナイル河を見たような気分に浸れるのでしょうか…
 何でも古代エジプトに結び付けて、どうも色付きの文字スミマセン。でもアタシ古代エジプト好きなの。(こういうのを我田引水といいます。)
2010/12/18(土) 15:11 | URL | 加賀の腐女子 #-[ 編集]
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