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古典の日

こんにちは、竹河せりかです。

去る11月1日は、「犬の日」「紅茶の日」「泡盛の日」…などと共に
『古典の日』でもありました。

『古典の日』とは、2008(平成20)年に“源氏物語千年記委員会”によって
制定された記念日(ごく最近の事なので、知らない方が多いと思います)です。

なぜ11月1日か・・・「紫式部日記」1008(寛弘5)年11月1日の部分に、
「源氏物語」の登場人物に関する記述がある=これが、源氏物語の存在が
記された最初の記録・・との事から、決められたようです。

この、寛弘5年11月1日というのは、藤原道長の娘・中宮彰子
(竹河のマイラヴァーv)が産んだ、敦成親王の五十日(いか)の祝いの日。
貴族達はこぞって宮中に参内し、彰子の女房である紫式部も、
当然、その場に控えておりました。

『紫式部日記』原文では・・・

御五十(いか)日は霜月のついたちの日
~~(中略)~~

左右衛門の督(かみ)、
「あなかしこ、このあたりに、若紫やさぶらふ」
と、うかがひたまふ。源氏に似るべき人も見えたまはぬに、
かの上は、まいていかでものしたまはんと、聞きゐたり


~~(略)~~

<意訳>

御五十日(のお祝い)は11月1日でした
~~(中略)~~

左右衛門の督(かみ)(藤原公任)が
「おそれいりますが、この辺りに、若紫はおられませんか」
と、聞いていらっしゃいました。
光源氏に似ている人もお見えにならないのに、まして、
あの紫の上がいらっしゃるだろうか・・・と(私=紫式部は)、
聞き流していた。


・・・知ってて、しらんぷりする紫式部が、ちょっとイケズな感じです。
この左右衛門の督=藤原公任は、この当時、
秀才として名を馳せていた貴族でした。


紫式部像

写真は、石山寺の紫式部像。
石山寺の堂内「源氏の間」は、
紫式部が『源氏物語』を執筆した場所と云われています。
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